大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和45年(行ウ)171号 判決

(ドイツ連邦共和国)

原告

リンデ・アクチエンゲゼルシヤフト

代理人

佐藤正昭

被告

特許庁長官

佐々木学

指定代理人

小川英長

外三名

主文

被告が原告の昭和四四年五月一日付実用新案登録願(昭和四四年実用新案案登録願第三九八〇五号)葉ついて同年五月二八日にした不受理処分を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実《省略》

理由

原告が昭和四一年一〇月二〇日、発明の名称を「吸着装置」とする原特許出願をした(昭和四一年特許願第六八六五四号)が、昭和四三年一二月一八日拒絶査定を受けたこと、原告が昭和四四年五月一日実用新案法第八条第一項の規定にもとづいて本件変更出願をしたところ、被告が「図面の添付がない。(注)添付書類の目録(2)図面四棄となつているが、図面は添付されていない。」との理由で本件処分をしたことは、当事者間に争いがない。

そこで、本件処分が違法であるかどうかについて考えてみる。

一、まず、原告は、そもそも不受理処分なるものは大正一〇年農商務令第三三号旧特許法施行規則第一〇条の二(大正一〇年農商務省令第三四号旧実用新案法施行規則第三条の二)のもとにおけると異なり、現行法上はこれをしうる根拠はなく、特許庁長官は、ただ、実用新案法第五五条第二項により準用される特許法第一七条第二項によつて、まず補正命令をすべきものであるから、これをせずただちに本件変更出願を不受理処分としたこと自体適法であると主張する。

不受理処分とは、一般に、行政庁に対して申請をする権利いわゆる申請権を認められた私人がする行政庁への申請行為に形式的な瑕疵があるために、当該行政庁が申請の実体について審理その他の行為をすることなく、形式的な瑕疵があることを理由にその申請を拒否する却下処分であると解すべきものである。このように、不受理処分は、私人に権利として認められた申請という行為を拒否し、却下する処分であるから、その処分をするについては、法の根拠を必要とするものであることはいうまでもない。法の根拠を要するということは、しかしながら、かくかくの場合には却下処分としての不受理処分をすることができるといつたような法の具体的な明文の規定がなければならないということではない。申請が一応申請としての体裁を具えていながらも、申請が申請として成立するために法によつて要求される本質的要件を備えておらず、しかも、その瑕疵が補正によつて治癒されえないような場合には、不受理処分をしうることについての法律の明文の規定を要せず、申請を却下するという意味で、これを不受理処分に付しうるということは、けだし、法の当然に予定しているところとみるべきだからである。いかなる態様の瑕疵がある場合に、申請が申請としての本質的要件を缺き、またその追完が許されないものとすべきかについては、当該申請がいかなる法令によつて認められたものであるか、また当該申請によつて達せらるべき目的、その申請行為の性質等によつて異なり、一概に決めることはできず、各法令を検討解釈して決定すべき問題であるといわなければならない。

実用新案法第五五条第二項で準用する特許法第一七条第二項第二号、同第一八条によると、「手続がこの法律又はこの法律に基く命令で定める方式に違反しているとき」、特許庁長官は、相当の期間を定めて手続の補正をすべきことを命ずることができ、この期間内に補正がされないときは、特許庁長官は手続を無効にすることができるのであるが、この規定は、これを実用新案登録出願についていえば、出願に方式違反がある場合に、特許庁長官に対し、かならず先ず補正命令を出すべきことを要求しているものと解すべきものではない。出願としての本質的要件を缺いており、しかも、「補正によつてこれを追究することが法の全体の建前からいつて許されないような場合には、特許庁長官は、補正を命じないで、出願却下の意味で出願の不受理処分をしうるものというべきである。昭和三二年通商産業省令第二号で改正された旧実用新案法施行規則(大正一〇年農商務省令第三四号)第三条ノ二および同規則第七条で準用される昭和三二年通商産業省令第二号で改正された特許法施行規則(大正一〇年農商務省令第三三号)第一〇条ノ二には、特許庁長官が手続に係る書類等を受理しない場合についての規定があつたが、現行実用新案法ならびに現行特許法の施行とともに右両規則は廃止され、現行実用新案法および同施行規則、ならびに現行特許法および同施行規則の中には、いずれも右両旧施行規則の規定に該当するような条文が存在しないことは原告主張のとおりであるが、右両旧施行規則の廃止によつて、不受理処分がすべてその法的根拠を失つたということはできないのである。

二、そこで、本件不受理処分について考えるに、本件変更出願は、実用新案法第八条第一項にもとづくものであり、同法施行規則第六条第四項、特許法施行規則第三一条によつて、原出願の願書に添付した図面が変更を要しないものであるときは、その旨願書に表示してその提出を省略できる場合であつたのであるが、〈書証〉によれば、本件変更出願の願書には、「添付書類の目録」欄の記載として、「(1)明細書一通、(2)図面四葉、(3)委任状一通、(4)優先権証明書一通」があり、そのうち、(3)(4)のみについては、「原出願に添付のものを援用する」とし、その旨かつこを用いて表示されているが、その表示は、(2)の図面四葉のところまでは及んでいないことが認められ、したがつて、同願書の記載自体からは、特許法施行規則第三一条に規定されているように、図面が変更を要したものであるとの趣旨が「願書に表示して」あるものとはいえない。しかしながら、右願書の記載自体および〈書証〉により原特許出願の明細書および図面と本件変更出願の明細書との各記載内容を対比するに、原特許出願の図面がそのまま本件変更出願の明細書の図面として用いうることが明らかであることならびに出願人が通常ことさら無効の手続をすることはないという経験則とによれば、原告において、実用新案法施行規則第六条第四項、特許法施行規則第三一条により、原出願の願書に添付の図面を変更せず、これを援用する趣旨ではあるが、あやまつて、前記のとおり記載してしまつたものと客観的かつ明白に看取することができる。

実用新案とは、物品の形状、構造または組合せに係る考案のことをいうものであるから(実用新案法第一条)、実用新案にあつては、考案の内容を表現するために図面が重要な意味をもつものであり、法もその出願に当つて図面を添付しなければならないことを規定している(同法第五条第二項)。したがつて、実用新案登録の出願にあたつて図面の添付を缺くものは、出願の本質的要件を缺くものとして不受理処分付にされても止むを得ないものといわなければならない。本件変更出願においては図面の添付がなかつたことは前認定の事実からして明らかである。しかしながら、本件出願は、前説示のとおり、実用新案法第八条に基づき原特許出願を実用新案登録出願に変更したものであり、しかも、原特許出願には図面が添付されていたのである。原告としては、わずかの注意を用いさえすれば本件変更出願に原特許出願に添付した図面を援用する旨の表示を正確にしえたものと考えられるとともに、被告としても、一挙手の労をとることにより原告にその申請の誤りを補正させることができたはずである。始めから実用新案登録願の申請書に図面の添付を缺いた場合と、誤つて原出願添付の図面を援用する旨の表示を缺いた場合とを彼此混同し、両者ともに実用新案登録出願の本質的要件を缺くものとして、後者の場合に該当し、かつ、前示認定のとおりそのまま援用しうべき図面の存する本件についても、実用新案法第五五条第二項、特許法第一七条によつて手続の補正を命ずることなく、ただちに不受理処分とした被告の本件処分は原告の申請権を害する違法の処分であるといわなければならない。被告は、大量の出願件数を審査しなければならないから、それぞれの出願人の意思を確かめることは困難であるというが、すくなくとも、本件の場合、きわめてわずかの労を払うことによつて瑕疵を補正させることができたはずであること前説示のとおりである。被告の右主張は理由がない。

よつて、原告の本訴請求を正当として認容する。

(荒木秀一 高林克巳)(宇井正一は、転任のため、署名押印することができない。)。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例